吉備津神社、拝殿©2019 仰木一弘 wih LeicaQ吉備津神社、拝殿©仰木一弘 wih LeicaQ

備後びんごの一宮(いっきゅう)さんこと、広島県福山市に鎮座する「吉備津神社」

備後国びんごのくにはむかし吉備国きびのくにという大きな一つの国でしたが、備前びぜん備中びっちゅう備後びんごに分割されました。

そのため現在は、岡山県(備前国びぜんのくに備中国びっちゅうのくに)に鎮座する「吉備津彦神社」「吉備津神社」と同じ神様、桃太郎伝説のモデルとされる「大吉備津彦命おおきびつひこのみことをまつります

「吉備津神社」は、備後びんご開拓の神様として、また、開運招福・厄除け・交通安全・長寿の神様として、人々に親しまれ、広く信仰されてきました。

全国でも珍しい随身門ずいじんもんが2つある社として知られ、拝殿とご本殿がそれぞれ独立しているのが特徴です。

国内最大級とされる御池みいけや、胴回りは6mを超え樹齢800年ともいわれるご神木の大きなイチョウが出迎えてくれます。

 

【ご利益】開運招福・厄除け・交通安全・心願成就・延命長寿などのご利益があるとされる

ご祭神に四道将軍の一人、備後びんご開拓の神「大吉備津彦命おおきびつひこのみこと」をまつることから、開運招福・厄除け・交通安全・心願成就などのご利益があるといわれています。

また、281歳の長寿であったことから、延命長寿の利益があるそうです。

 

古くは禊をおこなっていたとされる御池

神社の最寄駅「新市駅」から「吉備津神社」に向かうと、右手に御池みいけという大きな池が見えてきます。

古くは御手洗池みたらいいけといい、参拝者はこちらでみそぎを行ってから参拝していたと伝わります。

また、昔は、ため池としても利用され今の3倍近くあったとか。

現在は埋め立てられて縮小しているものの、神社の御手洗池としては、最大級の規模、池に掛かる太鼓橋も、石造りの太鼓橋としては国内最長となっているそうです。

 

珍しい2つの「隋神門」と独立して建つ「拝殿」「本殿」

参道を進むと下随神門しもずいしんもん、その突き当たりの石段を上がっところに上随神門が建っていますが、このように隋神門」が2つあるのは珍しいとされます。

10月の神無月かんなづき、全国の神々が出雲大社へ集まるなか、備後びんごの「大吉備津彦命おおきびつひこのみこと」のみが欠席されたため、心配した「大国主命おおくにぬしのみこと」が二人の使者を派遣したところ、備後国びんごのくには大祭の最中。

二人の使者は手厚くもてなされ、ついに「大吉備津彦命おおきびつひこのみこと」の随身として仕えるようになったことから、上下の随神門が造られたと伝わります。

 

さらに、先には拝殿、いちばん奥にご本殿がそれぞれ独立して建ちます。

多くの神社では、拝殿の後ろに本殿が連結されていますが、それぞれが独立して建てられていることが最大の特徴。

そのおかげでご本殿に直接参拝することができます。

ご本殿は江戸時代の建築で、室町時代の風格と桃山文化を継承する社殿となっています。

こちらの美しいご本殿と、木造狛犬三体、毛抜形太刀けぬきがたたち四振りが国の重要文化財に、また境内全域は国の史跡に指定されています。

 

境内には多くの摂社・末社が並ぶ

ご本殿前には、子授け・安産の神とされる「公孫樹いちょう乳房神」が鎮座。

側には昔から信仰を集めていた大きなイチョウの木が立っています。

また、ご祭神に「大吉備津彦命おおきびつひこのみこと」の御一族と「大国主命おおくにぬしのみこと」をまつる「十二神社」が鎮座します。

古くより大願成就の神様として、多くの人々が「願」をかけにお参りされたそうです。また、厄払いの神としても崇拝されています。

長い参道では、かわいい十二支と桃太郎の石像が出迎えてくれます。

 

そして、ご本殿の後方に鎮座する、十麻里二柱神社とまりふたはしらじんじゃ

古くより旅人の安全をお守りするため「大吉備津彦命おおきびつひこのみこと」の御一族十二柱をご祭神とし、交通安全の神様として信仰されています。

他にもご本殿の側には摂社・末社が数多くおまつりされています。

 

【所在地・アクセス】国の史跡・櫻山城跡に隣接

<所在地・電話番号>

〒729-3104 広島県福山市新市町宮内400
TEL:0847-51-3395
FAX:0847-51-8970

 

<アクセス>

電車をご利用の方:

・JR福塩線「新市駅」から徒歩で約20分またはタクシー約5分

(バスは中国バス「金丸行き」で「一の宮」下車約5分ですが、便数が少ないです。)

 

車をご利用の方:

・山陽道「福山東IC」から約25分
・山陽道「福山西IC」から約25分
・尾道松江道「尾道北IC」から約25分

*無料駐車場:250台収容

 

【ご祭神・ご由緒】桃太郎伝説のモデルとされる「吉備開国之神」をまつる

【ご祭神】

【主祭神】

大吉備津彦命おおきびつひこのみこと

「日本書紀」によると、第七代「孝霊天皇」の御子とされます。

ヤマト王権に従わない地方の豪族を平定するために、四道将軍のうちの一人として西道(山陽道)に派遣されました。

そのときに、この地で悪事を働いていた温羅うらを退治して吉備国きびのくにを平定したとのこと。

以来、「大吉備津彦命おおきびつひこのみこと」は吉備開国之神きびかいこくのかみと人々に崇敬され、桃太郎伝説が生まれたとされます。

その後、281歳まで生きたと伝わるそうです。

 

【相殿神】

大日本根子彦太瓊命おおやまとねこひこふとにのみこと>孝霊天皇

細比売命くわしひめのみこと>孝霊天皇の皇后

稚武吉備津彦命わかたけきびつひこのみこと大吉備津彦命おおきびつひこのみことの弟神

大吉備津彦命おおきびつひこのみこと」に関係するご一族を配祀しています。

 

【ご由緒】

岡山県と広島県東部は、かつて吉備国きびのくにという一つの国でした。

7世紀後半以降は備前びぜん備中びっちゅう備後びんごと分割されますが、備後国びんごのくには現在の広島県東部にあたります。

岡山県に鎮座する備前国一之宮「吉備津彦神社」、備中国一之宮「吉備津神社」は、同じくかつてこの地を治めたとされる「大吉備津日子命おおきびつひこのみことをまつります。

こちらの創建は三国に分かれた後、806年(大同元年)に、備中国の「吉備津神社」から備前国の「吉備津彦神社」とともに分祀されたそうです。

つまり、もともと一つの国の同じ神様をまつっていたことから始まっていたことになります。

ただし、平安時代中期(927年)にまとめられた「延喜式神名帳えんぎしきじんみょうちょう(官社に指定されていた全国の神社一覧)」に記載がないことから、創建はそれ以降とする説があるそうです。

そして、南北朝時代より境内に街を持ち、神社周辺の山林は山城として 整備され繁栄していたとされます。

いく度かの社殿の焼失・再建の後、江戸時代には初代福山藩主の「水野勝成公」により、現在のご本殿(国指定重要文化財)がつくりかえられました。

 

【社務所受付時間】

午前8:30~午後5:00

※本殿建屋改修工事中
2019年11月~2021年12月末頃までの予定

 

【御朱印】

・社務所にて:午前8:30〜午後4:00
・御朱印代:¥300

当面の間、御朱印帳への記帳は停止中、書き置きの御朱印にて対応。

*新型コロナウイルスの影響で流動的なため、事前に電話で確認することをおすすめします。

 

吉備津神社 御朱印 by.仰木一弘

 

【主な祭礼】

市立大祭

11月23日の前後4~5日間

年に一度、秋の収穫感謝のお祭りでもある例祭が行われます。

境内を中心に植木屋や露店など多くのいちが立つため「市立大祭」と呼ばれ、約200程の露店商が軒を並べ、数万人の参拝客でにぎわうとか。

武道大会などの開催、あでやかな巫女舞、雅楽団の演奏、郷土芸能の奉納が行われます。

 

まとめ

広島県福山市北部に鎮座する備後国一宮 「吉備津神社」。通称、一宮いっきゅうさんと呼ばれ、人々に親しまれています。

吉備国きびのくに備前びぜん備中びっちゅう備後びんごに分離されたあとに、岡山県の「吉備津神社」から勧請かんじょうされました。

ご祭神には備後開拓の神様、桃太郎伝説のモデルとされる「大吉備津彦命おおきびつひこのみこと」をまつり、ご利益は、開運招福・厄除け・交通安全・心願成就・延命長寿など。

さらに境内には、「大吉備津彦命おおきびつひこのみこと」の御一族をまつる多くの摂社・末社が点在し、安産や厄除けなどのご利益を授かることができます。

国内最大級といわれる御池みいけや、太鼓橋、国の重要文化財に指定されいる美しいご本殿が目を引きます。

ご本殿は拝殿と独立したつくりになっていますので、より神様の近くで参拝されてはいかがでしょうか。

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