水無神社、鳥居©2019 仰木一弘 wih LeicaQ水無神社、鳥居©2019 仰木一弘 wih LeicaQ

岐阜県、飛騨地方といえば白川郷の合掌造りを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。

霊山「位山くらいやま」をご神体(神霊の宿るもの、または象徴)とする「水無神社」は、古くから飛騨の人々にとって心の拠り所として親しまれてきました。

また、「水無神社」の奥宮とされる「位山くらいやま」は、分水嶺ぶんすいれい(異なる水系の境界線になっている山脈)上にあり巨石が点在するパワースポット。

天皇が即位されるとき、伊勢神宮遷宮などの際には位山くらいやまのイチイ(くぬぎ)の原始林で作られたしゃく(神事の際に右手に持つ細長い板)が献上されます。

ご祭神は15柱を総称した「水無大神みなしのおおかみ」。

水源の神様とされ農業の祖神、家畜養蚕の守護神、延命長寿の守護神として信仰されてきました。

初詣をはじめ、女性の幸せと五穀豊穣を願う「飛騨生きびな祭り」や「例祭」には、多くの参拝者で賑わいます。

なお、文豪「島崎藤村」の父が宮司を務めた神社としても有名です。

 

【ご利益】農業の祖神、家畜養蚕・延命長寿の守護神であり子授け、安産、交通安全、旅行安全など多くのご利益が授かれる

ご祭神の「水無大神みなしのおおかみ」は、水源である「位山くらいやま」に鎮座する水主神として御神徳を仰がれ、農業の祖神、家畜養蚕の守護神、延命長寿の守護神として信仰されてきました。

また、分水嶺ぶんすいれいである「位山くらいやま」に奥宮が鎮座すること、交通の要所でもあることから子授け、安産、交通安全、旅行安全など多くのご利益があるとされます。

毎年4月3日に行われる「飛騨生きびな祭」には縁結びや良縁を願って、多くの参拝者が訪れるそうです。

 

境内に佇む「ご神木」と伝説の「ねじの木」

境内に入って目を引かれるのは、そびえ立つご神木の大杉

樹高約45m、直径約6.45m、樹齢およそ800年とされ、県の天然記念物に指定されています。

その大杉の近くには「ねじの木」と呼ばれるヒノキの巨木ががあります。

社伝によると、このヒノキは直径1.5メートル、高さ数十メートルあったとされ、
橋材として使用するために切り倒そうとしたところ、一夜にして真っ直ぐな幹がねじ曲がってしまったそうです。

驚いた里人は、伐採を取りやめ神にわびたと伝わります。

その後、木は枯れてしまいましたが、神霊の宿る霊木として「ねじの木」と命名され大切に保存されているのです。

ねじの木に似せて作られた飛騨の伝統的な駄菓子「こくせん」は、お正月参拝者のお土産になっています。

 

氏子たちの心のより処となった末社「白川神社」

合掌造りの里として世界遺産に登録されている白川村の集落の一部は、御母衣みほろダム開発により、ダム湖底に沈むことになりました。

その際、村の産土神うぶすながみ(生まれた土地の守り神)である白山神社が土地を無くし、氏子たちも散り散りに離散することに。

それぞれの集落にあった氏神「白山神社」を合祀し、この地に「白川神社」としてうつされ氏子たちの心のより処となったということです。

 

神体山「位山」には奥宮が鎮座

古来から霊山として崇められてきた「位山くらいやま(標高1,529m)は、飛騨のほぼ中心に位置し、日本海、太平洋の分水嶺ぶんすいれい(異なる水系の境界線になっている山脈)となっています。

「水無神社」のご神体(神霊の宿るもの、または象徴)、奥宮とされる強力なパワースポット。

位山遊歩道を行くと、神話にちなんだ巨石が点在し、山頂手前には「天の岩戸」と呼ばれる巨石群が存在します。

また、「位山」には天然記念物のイチイ(くぬぎ)の原生林があり、現在でも天皇即位、伊勢神宮遷宮などの際献上されるしゃく(神事の際に右手に持つ細長い板)の材料になっているそうです。

 

「水無神社」から「位山」へは約10キロの山道ですが、登山道は整備されていて、初心者やファミリーでも楽しめます。

一般的な遊歩道での所要時間は約5.5時間ですが、途中まで車を使ってダナ平林道登山口に駐車し、山頂へ向かうコースもあります。

その場合は、駐車場から1時間ほど(往復約2時間)の登山になります。

 

【所在地・アクセス】高山市街から少し離れた川と山の間に鎮座

<所在地・電話番号>

〒509-3505 岐阜県高山市一之宮町5323
TEL:0577-53-2001

<アクセス>

電車をご利用の方:

・JR高山本線「飛騨一ノ宮駅」より徒歩約10分

*停車本数が少ないため、事前に時間を確認することをおすすめします。

 

車をご利用の方:

<甲信・関東方面から>
・中央・長野自動車道「松本IC」と国道158号線

<名古屋・関西方面から>
・東海北陸自動車道「一宮JCT」と国道41号

<北陸方面から>
・北陸自動車道「小矢部砺波JCT」と東海北陸自動車道

*無料駐車場:100台収容

冬季は降雪や凍結箇所が増えますのでご注意下さい。

 

■バスをご利用の方:

・JR高山駅・高山濃飛バスセンターからバス約20分
「飛騨一之宮」下車徒歩約4分

 

【ご祭神・ご由緒】古くから水の恵をもたらす水無大神を守護神としてまつる

【ご祭神】

主祭神の「御歳大神みとしのおおかみ」と14柱の相殿神をと総称して「水無大神みなしのおおかみ」としておまつりしています。

「水が無い」と書きますが、この地に古くから水の恵をもたらす、水源の神様とされています。

また、社名の水無の由来は諸説あるとされます。

「みなし」「みずなし」とも呼ばれ「水主みぬし(川の水源をつかさどる神)」からの転訛てんか(なまって変わること)とする説。

または、社前を流れる宮川が近くで伏流となり見えなくなることからという説も。

 

【ご由緒】

創建の年代は不明ですが、神代の時代と伝わります。

平安時代初期には神位を授かった記録が残っていて、中期にまとめられた「延喜式神名帳えんぎしきじんみょうちょう(全国の神社一覧)」では、飛騨國一之宮とされました。

ただ鎌倉時代以降は神仏習合(神道と仏教が融合したこと)が進み「水無大菩薩」と称し、神宮寺(神社に附属して建てられた仏教寺院や仏堂)で仏事を執り行っていた僧侶が奉仕していたとされます。

明治維新での神仏分離令まで、僧侶の支配が続いたようです。

 

また、1773年(安永2年)江戸時代には、飛騨を揺るがした農民一揆「大原騒動」では、「水無神社」が農民の決起集会の場所となり、幕府の弾圧を受け神官たちが処罰されるという歴史があります。

そして、第二次世界大戦のときに、「熱田神宮」から三種の神器の一つ草薙剣くさなぎのつるぎが一時移されていた場所です。

文豪、島崎藤村の父「島崎正樹」が、明治時代3年間宮司として在職していた神社としても有名です。

【社務所受付時間】

午前9時〜午後5時

*新型コロナウイルスの影響で流動的のため、事前に電話で確認することをおすすめします。

【御朱印】

・社務所にて:午前9時〜午後5時
・御朱印代:¥300

・オリジナル御朱印帳:¥2,500(御朱印代を含む)

表面は神輿、裏面には社紋とイチイの樹が描かれたデザインです。

 

「水無神社」には、全国でも数箇所しかない「大大吉」がでるおみくじがあります。ぜひ、運試しに引いてみてはいかがでしょうか。

 

水無神社 御朱印 by.仰木一弘

 

【主な祭礼】

「飛騨生きびな祭り」と「例祭」

毎年4月3日に行われる「飛騨生きびな祭り」は、女性の幸せと五穀豊穣を願うお祭り。

飛騨各地から選ばれた9人の乙女が、十二単に身を包んだ生きびな様として行列、祭典、餅まきの奉仕をする全国的にも珍しい伝統行事です。

また、飛騨を代表するお祭り「例祭」は、5月1日試楽祭、5月2日本楽祭が行われます。

500余名で長さは1kmにも及ぶ壮大な例祭行列が行われ、参拝者には神社で醸造された「どぶろく」がふるまわれるそうです。

 

まとめ

「水無神社」は、水無大神として主祭神「御年大神みとしのおおかみ」と、14柱の神々がまつらる古社。

社名の由来は諸説あり、「みなし」「みずなし」どちらにも読みますが、水源の神様とされています。

ご神体であり分水嶺である「位山」が奥宮とされ、交通の要所でもあることから子授け、安産、交通安全、旅行安全など多くのご利益を授かれるそうです。

天皇が即位される際に献上されるしゃくは、位山のイチイから作られています。

また、境内に佇む「ねじの木」には、一夜にして真っ直ぐな幹がねじ曲がってしまったという伝説が。

飛騨高山を訪れた際には、戦災を逃れるため、熱田神宮から草薙剣くさなぎのつるぎが一時預けられた場所、島崎藤村の父が、宮司として在職していたことで有名な「水無神社」へ足を運んでみてはいかがでしょうか。

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