與止日女神社、鳥居 ©2019 仰木一弘 wih LeicaQ

 

有明海に注ぐ嘉瀬川かせがわ(川上川、河上川とも呼ばれる)の上流に鎮座し、別名「川上かわかみ(河上)神社」とされる「與止日女よどひめ神社」。

一帯は川上峡かわかみきょうという「九州の嵐山」と称されるほどの景勝地となっています。

まつられている神様「與止日女命よどひめのみこと」は、海や川の神、水の神とあがめられ、農業や水産業、海運などのご利益があるとされ、地域の方々に愛されています。

境内には、「夫婦杉」、「金精さん」があり、子宝・安産祈願で訪れる参拝者も多く、樹齢約1450年の大楠おおくすも見どころのひとつです。

 

【ご利益】全国誌でも紹介されるほど、子宝・安産祈願で有名な神社

水の豊かな地域にある嘉瀬川のそばに建つ当社には、水の女神とされる神様がまつられています。

水に関する神様であることからも、農業をはじめとする諸産業や、厄除海運、また、交通安全の守護神とされます。

 

子授かりのご利益あるとされる男女石「金精さん」

子孫繁栄のシンボルとされる「金精さん」は、*全国誌(「赤ちゃんが欲しい」)にも載るほどの子宝・安産のパワースポットとして有名。

その昔、子供を授からなかった「與止日女命よどひめのみこと」が、奥に安置されていたこちらの自然石に触れながら祈願したところ、玉のような子供を授かったという言い伝えがあるそうです。

それ以来、金精さんは子宝を恵んで下さると尊ばれてきたとされ、現在は境内にて一般公開されています。

実際に、子宝に恵まれた方がお礼参りに訪れるそうです。

 

*出典元:與止日女神社神社旧公式ホームページ「全国誌にも紹介された「子宝」パワースポット」」

 

ご神木の「大楠」と3つの願いが叶うとされる「夫婦杉」

境内の入口の鳥居のすぐ後ろに堂々とそびえる「大楠(大きなクスノキ)」は、樹齢約1450年とされ、「さが名木100選」に選ばれています。

こちらは、佐賀藩藩主が、国の霊木として保護したと伝わり、その存在感、長寿にあやかれるスポットとなっています。

 

また、「夫婦杉」と呼ばれる二本の杉は、神社にお参りをした後に、周りを回ると、夫婦・恋人・友人同士が仲睦まじく、家内安全・子孫繁栄の願いが叶うといわれているそうです。

ご神木の大楠をはじめ数々の樹々が茂る神社境内は、「佐賀市景観重要建造物」に指定されています。

 

学問の神様をまつる「與止日女天満宮」

境内の西側には、学業の神様とされる「菅原道真すがわら の みちざね」をまつる「與止日女天満宮」があります。

学問向上や受験にご利益があるとされ、ボケ封じの神様としても地域の人々の信仰を集めています。

また、地元の受験生には人気のお参りスポットになっているそうです。

 

拝殿の天井に描かれた250枚の物語

拝殿に入ると天井には、250枚の絵が描かれています。

こちらは、寄付によって奉納されたもので、2014年に完成したそうです。

天井絵は、古事記の中の乙姫伝説と言われる「山幸彦海幸彦」と、境内にまつられている「菅原道真」にまつわる2つの物語が描かれています。

一枚ごとに描かれた伝説を赤と黄色のシールを順番に見ていくと、ストーリーが完成します。

 

さらに、畳約1枚分ほどの面積の大絵馬も見ることができ、向かって左側には虎(竜虎)、右側には孔雀(孔雀とボタン)が飾られています。

通常、日中は拝殿の扉を一枚開けた状態にしてあるそうですので、(祈願祭祀中等事情のある場合は除く)ぜひご覧ください。

 

【所在地・アクセス】九州の嵐山とよばれる川上峡の川辺に建つ神社

当社のすぐ横には、綺麗な河川とその穏やかな風景から九州の嵐山と呼ばれる川上峡かわかみきょうがあります。

3月下旬~5月下旬には、こいのぼりの吹流し、また、8月には花火大会や灯ろう流しなどが行われるなど観光客に人気のスポット。

【所在地・電話番号】

〒840-0214 佐賀市大和町大字川上1-1
TEL:0952-62-5705

 

【アクセス】

■車をご利用の方:

①長崎自動車道、佐賀大和インターチェンジ゙より北へ車で約5分
②福岡市方面より三瀬トンネル経由、南へ車で約30分

※無料駐車場:約30台収容

 

■バスをご利用の方:

・佐賀駅バスセンターから昭和バス 「古湯」「北山」方面行きに乗車(約25分)

・「川上橋」バス停下車、徒歩約3分

*バスの本数があまり多くないため、事前に確認することをおすすめします。

 

【ご祭神・ご由緒】

【ご祭神】

與止日女命よどひめのみこと

古事記・日本書紀には登場しない神様。

神功皇后の妹君という説、また豊玉姫命とよたまひめのみこと」(竜宮城の乙姫とされる神様)と同一神であるとも伝わります。

 

【ご由緒】

奈良時代初期の「肥前国風土記ひぜんのくにふどき」によれば、「飲明きんめい天皇」25年(564年)に創建と記されています。

延喜式人名帳えんぎしきじんみょうちょう(全国の神社一覧)にも記載されている格式高い神社。

二条天皇応保おうほうの頃(1161年頃)には「肥前一の宮」とされ、弘長こちょう元年(1261年)に正一位しょういちい(神社の最高の位のこと)をさずけられたとされます。

また、鎌倉幕府をはじめ、領主、藩主の崇敬を受けました。

 

実は、当社の他に、肥前国にはもう一社の一之宮神社千栗ちりく八幡宮」(佐賀県三養基郡みやき町)があります。

それぞれが「後陽成ごようぜい天皇」から一の宮の勅願(天皇の祈願)をいただいたことがきっかけとなり、どちらが本当の肥前国一之宮なのか争いが続きました。

現在争いはなく、両社ともに一の宮として記録されています。

また、室町時代後期(1470年以降)に建てられ、柱の楠材は当時のものとされる「西門」は、佐賀県内では最も古い木造建築のひとつであり、県の重要文化財に指定されています。

なお、当社は2014年には創建1450年祭が行なわれました。

 

〈神の使いとされる鯰〉

この地域では、なまずが「與止日女命」の使いであったことから神聖な生物とされています。

昔、川に「かなわ」という化け物が住み人々に恐れられていたとき、鯰が「かわな」を飲み込み人々を救ってくれたという話が伝わるそうです。

肥前国風土記ひぜんのくにふどきには、「川上川の魚を殺したり、食べてしまうと死んでしまう」といった記載もあり、この魚が、神の使いの鯰であるとされることから、この地域の人は鯰を食べないという習慣があるとされています。

 

【社務所受付時間】

午前9時〜午後5

 

【御朱印】

・初穂料の目安:¥300

 

與止日女神社 御朱印 by.仰木一弘

【主な祭礼】

春季例大祭

4月18日

五穀豊穣、家内安全を祈願する春の祭りで、巫女の舞が奉納されます。

また、毎年3月下旬から5月下旬まで当社横の嘉瀬川では「川上峡春まつり」が開催されます。

川に架かる官人橋の上流・下流に、約300匹の鯉のぼりが飾られ風を受けて泳ぐ光景は圧巻。

その勇壮な光景は、春の川上峡の風物詩となっているそうです。

 

まとめ

川上峡という綺麗な水辺のそばに建ち、海や川、水の神とされる女神がまつられる「 與止日女神社」。

水に関係するご利益の他に、子宝・安産祈願でも有名な神社であることからも、女性のパワースポットとしても人気です。

拝殿の天井に描かれた2つの物語、250枚の天井絵も見どころとなっています。

そして、景観重要建造物に指定されている境内は、ご神木の「大楠」や「夫婦杉」を含め、数多くの樹々が茂り自然の生命力にあふれています。

春や夏の時期は、お参りと一緒に、川のせせらぎを聞きながら、神社の周辺を散歩するのも良いかもしれませんね。

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