粟鹿神社、鳥居©2019 仰木一弘 wih LeicaQ粟鹿神社、鳥居©仰木一弘 wih LeicaQ

粟鹿あわが神社」は、天空の城・日本のマチュピチュとも呼ばれる「竹田城跡」がある兵庫県朝来あさご市に鎮座します。

2000年以上の歴史がある但馬国たじまのくに(現在の兵庫県北部の地方)最古の神社とされ、但馬五社の一つ。

三柱の主祭神と配祀神の八柱の神々をまつり五穀豊穣、家内安全などのご利益があるとされています。

杉やヒノキの巨木に囲まれ、地面や木々は苔におおわれた厳かな境内。

古代の雰囲気をそのままに伝えている1,540坪に及ぶ神域の社叢しゃそうはとても見ごたえがあり、木製で珍しいとされる迫力満点の狛犬が有名です。

また、扉に彫られた鳳凰ほうおうが鳴いたとされる「勅使門」をはじめ、「粟鹿神社の七不思議」の言い伝えがあり、霊験あらたかな神社とされています。

 

【ご利益】五穀豊穣、家内安全などのご利益があるとされる

五穀豊穣、家内安全などのご利益があるとされ、さらに、境内の末社のご利益として、縁結びや商売繁盛のご利益も授かれるそうです。

扉に彫られた鳳凰が鳴いたとされる「勅使門」

勅使というのは天皇の使者のこと。

鳥居の近くにある勅使門」は、勅使か天皇しか出入りできないため、いつもは閉まっています。(10月17日の例大祭に開かれる)

栗鹿あわが神社」の記録では、4回の勅使参向(高位の人の所へ出向くこと)があったことがわかっているとか。

また、「神功皇后じんぐうこうごう」が朝鮮半島にわたって新羅を征伐(三韓征伐)を行った時に、功績のあった「粟鹿神社」に勅使をつかわされたそうです。

そのため、勅使を迎える「勅使門」が約600年前に建てられたと伝わります。

 

「勅使門」の左右の扉に彫られた鳳凰ほうおう(古代中国で尊ばれた想像上の霊鳥)には、古くから伝わる不思議な話が残っています。

江戸時代に活躍した「左甚五郎ひだりじんごろう」が彫ったとされますが、右側の鳳凰ほうおうは、首から下しかありません。

なんでも、名作ゆえに鳳凰ほうおうが門を飛び出して人を驚かせ、鳴き声もうるさかったとか。

苦情がきたため「左甚五郎」が1羽の首を切り落とした後には、鳴かなくなったと伝えられています。

神社を訪れた際には鳳凰ほうおうの躍動を感じてみてはいかがでしょうか。

 

「粟鹿神社」に伝わる七不思議

境内には六社の末社がまつられています。

随神門をくぐったところに「天満宮」。
ご祭神:学問の神様「菅原道真公」

拝殿の側の池の中に「厳島神社」。
ご祭神:財運の女神「市杵島姫命いちきしまひめのみこと

その後方、丘の上には「稲荷神社」。
ご祭神:農業・食物の神「保食神うけもちのかみ

丘の麓に茗荷みょうが神社」
ご祭神:野の精霊とされる「草野姫命かやのひめのみこと」。

拝殿の近くの「床浦神社」「猿田彦神社」。
ご祭神:縁結びの神様である「大己貴命おおなむちのみこと
ご祭神:導きの神とされる「猿田彦神」

 

そして「粟鹿神社の七不思議」の言い伝えがあり、霊験あらたかな神社とされています。

■七不思議紹介

1.旧暦2/4の祈念祭に、境内の茗荷神社の池に毎年必ずみょうがが芽を出し、その長短によってその年の稲作の豊凶を占う。

2.勅使門の彫刻2羽の鳳凰が毎夜鳴くので、作者の左甚五郎が1羽の首を切り落とすと、以降鳴かなくなった。

3.御手洗の池を3回まわって手をたたくと大蛇がでる。

4.「もみ火の御供さん」と呼ばれるかまど形の石があり、ここで御供さんを炊いた後、土を盛っておくと翌年まで暖かさが残る。

5.玉の井の水は天下の名水で、どんな大飢饉の年にも枯渇したことがない。

6.亀を放すとよいといわれている四角い池の水は、奈良の二月堂の水に通じている。

7.御手洗の池に丸木の橋をかけ、その上に俵を置いてお祈りすると必ず雨が降った。

引用元:たじま旅ネット「但馬めぐりモデルコース」

【所在地・アクセス】「竹田城跡」がある朝来市に鎮座

<所在地・電話番号>
〒669-5125  兵庫県朝来あさご市山東町粟鹿2152
TEL:079-676-2465

 

<アクセス>

■電車をご利用の方:

・JR山陰本線「梁瀬駅」よりタクシー約10分
または隣の「和田山駅」よりタクシー約20分

*「梁瀬駅」はタクシー常駐しないため電話連絡が必要です。

 

■車をご利用の方:

・北近畿豊岡自動車道「山東IC」下車、約5分

*無料駐車場:約60台収容

 

【ご祭神・ご由緒】2000年以上の歴史があるとされる但馬最古の社

【ご祭神】

主祭神は三柱で、配祀神として八柱の神々をまつっています。

天美佐利命あめのみさりのみこと

大国主命おおくにぬしのみことの御子

 

日子坐王命ひこいますのおおきみのみこと

「開化天皇」の第三皇子
この地を開発した四道将軍の一人として丹波(現在の京都府、兵庫県)一帯を平定したとされます。

ご本殿裏の円墳は、当地で亡くなった「日子坐王命ひこいますのおおきみのみこと」の墳墓と伝わります。

 

日子穂穂手見尊ひこほほでみのみこと

日本神話にみえる神。

多くの別称がありますが、一般的には「山幸彦やまさちひこ」として知られています。

 

【ご由緒】

創建は不詳ですが、2000年以上の歴史があるとされ、但馬たじま最古の社と伝わります。

粟鹿あわがの名は、粟鹿山に住む鹿が三束の粟をくわえて村に現われ、人々に農耕を教えたことに由来するとされ、粟鹿あわが神社」にその鹿がまつられているといわれています。

また、第10代「崇神天皇」の時代に、粟鹿山の荒ぶる神「天美佐利命あめのみさりのみこと」を鎮めるためにおまつりし、創建したとも伝わります。

朝廷からの信頼が厚く、「神功皇后じんぐうこうごう」が朝鮮半島にわたって新羅の征伐(三韓征伐)を行った際にご加護を得られたことから、国の大難に対して4度の勅使がつかわされたそうです。

勅使を迎えるために建立された「勅使門」は、応仁の乱の戦火で社殿が消失した際にも消失を免れたとされます。

 

【社務所受付時間】

午前9:00〜午後5:00頃

*新型コロナウイルスの影響で流動的なため、事前に電話で確認することをおすすめします。

 

【御朱印】

・社務所の向かいのご自宅にて:午前9:00〜午後5:00頃
・御朱印代:¥300

 

粟鹿神社 御朱印 by.仰木一弘

 

【主な祭礼】

瓶子渡

10月17日

毎年10月17日に、「さあござれ」とも呼ばれる、古式ゆかしい「瓶子渡へいじわたし」の儀式が行われます。

200年以上も続く但馬の伝統行事で、「粟鹿神社」の例大祭です。

ご本殿前の階段で、麻のかみしもを着た4人のうち、2人ずつ階上・階下に分かれ、下の者は稲・茄子・御陵柿の三宝を持ち、「さあござれ」「さあ」「さあ」と左右交互に差し違えながら近づきます。

狂言のようなやりとりをしながら数回繰返し、意気が会った時に三宝を階上の者に渡し、瓶子へいじ(酒をいれて、つぐのに用いる器)と共に殿内に納めて儀式が終わるというもの。

全国的にも例を見ないユニークな行事とされています。

 

まとめ

兵庫県朝来あさご市に鎮座する「粟鹿あわが神社」は、但馬国たじまのくに最古の神社で、およそ2000年以上の歴史があるとされます。

「粟鹿」とは、鹿が粟をくわえて山から現れ、人々に農耕を教えたことからつけられた名前と伝わり、「粟鹿あわが神社」にはその鹿がまつられているとか。

五穀豊穣、家内安全のご利益、また末社では、縁結びや商売繁盛のご利益も授かれるそうです。

勅使か天皇しか出入りできないとされる勅使門の扉に彫られた「粟鹿神社の七不思議」の一つとされる鳳凰ほうおうも見どころです。

境内は、古代の雰囲気をそのままに伝えている神域の社叢しゃそうに囲まれ、本殿裏には、当地で亡くなった「日子坐王命ひこいますのおおきみのみこと」の墳墓と伝わる円形の古墳が。

自然と一体化した信仰が息づく「粟鹿あわが神社」で、神々しさに包まれてみてはいかがでしょうか。

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