【京都府】山城国(やましろのくに)一の宮  賀茂別雷(かもわけいかづち)神社賀茂別雷神社、楼門 ©2019 仰木一弘 wih LeicaQ

京都市北区、ご神体(神霊の宿るもの、または象徴)である神山こうやまのふもとに鎮座する、通称上賀茂かみがも神社」

賀茂御祖かもみおや神社」(下鴨神社)と2つの神社を総称して賀茂神社(賀茂社)と呼ばれ、両社で行われる祭礼「賀茂祭(葵祭)」は「時代祭」、「祇園祭」と並び京都三大祭の一つとして有名です。

あらゆる災難を取り除くとされるご祭神をまつることから、「厄除け」、「方除け(方角や方位による災いをよけること)」にご利益があるとされます。

そして、広々とした敷地内には、ならの小川」という浄化パワーのある川が流れ、立砂たてずなと呼ばれる盛り砂は、神の降り立つ所として神秘的で清浄な雰囲気が漂います。

また、国宝に指定された「本殿」をはじめ、ユネスコの世界遺産に「古都京都の文化財」の1つとして登録されるほど、重要文化財の宝庫です。

 

【ご利益】あらゆる災難を取り除くとされる

厄除け、方除かたよけ、災難除け、家内安全、開運、必勝など

 

平安京以前は、鬼門(北東の方角)に位置にあることで、厄災から都を守る鬼門の守り神として崇められてきました。

さらに、ご祭神「賀茂別雷大神かもわけいかづちのおおかみ」が雷を別けるほどの力を持ち、いかづちの力であらゆる災難を取り除くとされていることから、「厄除け」、「方除け」にご利益があるそうです。

そして、厄を払い「開運」「必勝」のご利益もさずかれるとされています。

 

また、「雷や電気にまつわる神様」として崇められ、電気、電波、機械類、航空関係者の方、さらに方位を守護していただけることから、建築関係者の方などが多く参拝に訪れるそうです。

 

浄化のパワースポット「楢の小川」

神事に使う祭器を洗い清める御物忌川おものいがわと、人を清める役割を果たしているとされる御手洗川みたらしがわの2つの川が、本殿を東西両側から挟むように流れています。

この流れが境内で合流して名を変えたのが、百人一首にも詠まれたならの小川」です。

「楢の小川」は、「賀茂祭」や「夏越の祓なごしのはらえ」でみそぎの儀式を行うところでもあり、邪気を流す浄化パワーがあるとされます。

 

神様が降臨する円錐形の「立砂」

二の鳥居をくぐってすぐ正面に、重要文化財にも指定されている細殿ほそどのがあります。

「細殿」は、天皇や上皇が社殿参拝の前に衣装などを整えるための御殿ですが、その前にあるのが、円錐に盛られた一対の白い砂山

こちらの見事に美しい砂山は、鬼門であるこの場所を守るために作られているそうです。

 

立砂たてずなと呼ばれるこの盛り砂は、ご神体の「神山こうやま」を模したものですが、立砂のてっぺんには、松の葉が向かって左に3葉、右には2葉立てられています。

陰陽道おんみょうどうに基づいて奇数と偶数が合わさる事で神の出現を願い、神様が降臨する際の目印とされています。

そして、鬼門封じや地鎮祭じちんさいなどで盛り塩をしたり、砂や塩をまいたりする風習は、当社の立砂に起源があるそうです。

平安京以前の京の都、「長岡京」の鬼門方位に位置しており、鬼門の方角から来る厄災から都を守る役割を担っていたとされる事からも、そのパワーは強力とされています。

ちなみに、参拝者向けに自分の家の土地を清めることができる「清めのお砂・斎砂いみすな」が用意されていて、一包500円でいただく事ができます。

 

ご縁を結ぶ社「片山御子神社」(片岡社)

ご祭神「賀茂別雷大神かもわけいかづちのおおかみ」の母神である玉依比売命たまよりひめのみことをまつったお社です。

「下鴨神社」にもまつられていますが、賀茂族で最も権威の高い女性とされているそうです。

片山御子かたやまのみこ神社」は第一摂社として、当社の祭礼でも、まず最初に祭りを行うのが恒例となっています。

また、女性の守護神として縁結び、恋愛成就、家内安全、安産のご利益があるとされ、「紫式部」が祈願した歴史があります。

紫式部がお参りしたことにちなんで、源氏物語のさし絵があるハート型の絵馬に祈りを込めて願いを書くと素敵な出会いに恵まれると人気です。

 

気が集中するパワースポット「岩上」

実は、「片山御子神社」の近くに、当社の最大とも言われるパワースポットがあることは意外に知られていないそうです。

一見、岩と草木があるだけの場所なので、素通りしてしまいそうですが、注連縄しめなわで結界が張られており、神域である事がうかがえます。

こちらの岩上がんじょう」こそが、「神山」と共に信仰の原点であり、神職さんが岩に座って祝詞のりとをあげる神聖な場所だと伝えられています。

古代祭祀さいしの形を今に伝える場所であり、とりわけ神聖な「気」が集中しているパワースポットということです。

 

両手で同時に触れると力をさずかれる「願い石」

「楢の小川」を渡ると、平安時代の趣きを残す庭園「渉渓園しょうけいえん」があります。

渉渓園にはかつて龍の住む池があったとされ、その池の底から出てきたと伝わるのが「願い石」です。

二つの石が合わさったような不思議な形をしていることから、陽と陰が融合した陰陽石おんみょうせきとも呼ばれ、両手で同時に触れると力をさずかることができ、深い絆で結ばれるとされます。

 

【所在地・アクセス】京都北部の加茂川上流にたたずむ

【所在地・電話番号】

〒603-8047 京都市北区上賀茂本山町339
TEL:075-781-0011

 

【アクセス】

■電車&バスをご利用の方:

・JR「京都駅」から市バスにて

<9系統>「西賀茂車庫」行に乗車、「上賀茂御薗橋」下車
<4系統>「上賀茂神社」行に乗車、「上賀茂神社前」下車

 

・京都市営地下鉄烏丸からすま線「北山駅」から市バスにて

<4系統>「上賀茂神社」行に乗車、「上賀茂神社前」下車

 

・京都市営地下鉄烏丸線「北大路駅」から市バスにて

<37系統>「西賀茂車庫」行に乗車、「上賀茂御園橋」下車

 

■車をご利用の方:

・名神高速道路「京都南IC」下車、約40分

・京都駅より約30分

・堀川御池(ほりかわおいけ)より約20分

 

*有料駐車場:約170台収容

・午前6:00~午後10:00 30分毎に¥100 出庫は24時間可能

(正月時、繁忙時、手作り市開催第四日曜日などは1回¥500)

 

【ご祭神・ご由緒】神話の時代に雷神が神山に降臨されたと伝わる

【ご祭神】

賀茂別雷大神かもわけいかづちのおおかみ〉 

賀茂氏の祖神おやがみ

「別雷」は、「若い雷」という意味があるほか、「雷を別けるほどの力を持つ」ことを示しているそうです。

そして、あらゆる災難を除くとする厄除やくよけ明神・落雷除・電気産業の守護神として信仰を集めています。

 

「山城国風土記ふどき」によると母神玉依比売命たまよりひめのみことが境内を流れる御手洗川で身を清めていた時、流れてきた丹塗矢にぬりや(朱で塗られた矢)を持ち帰り、寝床の側に置いたところ、懐妊したと伝わります。

その子の成人を祝う宴の途中で、玉依比売命たまよりひめのみことの父「賀茂建角身命かもたけつぬみのみこと」が、「自分の父親だと思う神に杯をささげなさい」と言うと、その子は「私の父は天津神あまつかみ(「天照大神」などがすむ天上界の神)です」と答え、雷となって天に昇って行ったとされます。

それが、ご祭神である「賀茂別雷大神かもわけいかづちのおおかみ」であるとされます。

なお、母「玉依比売命たまよりひめのみこと」と、その父の「賀茂建角身命かもたけつぬみのみこと」は「下鴨神社」にまつられています。

 

【ご由緒】

社伝によると、神話の時代に「神山こうやま」の山頂にご祭神の賀茂別雷大神かもわけいかづちのおおかみ」が降臨したと伝えられます。

飛鳥時代に、現在の当社のもととなる社殿が造営されたそうです。

奈良時代が終わり、都が「平安京」へうつされると、当社は都の鎮守社として朝廷の崇敬を受けるようになり、大同2年(807年)には最高位の正一位しょういちいの神階を受け、賀茂祭は勅祭ちょくさい(天皇の使者が派遣されて執行される祭祀)とされます。

その後、平安時代にまとめられた「延喜式神名帳えんぎしきじんみょうちょう(全国の神社一覧)」では名神大社みょうじんたいしゃに列し、山城国一の宮として崇敬されました。

 

近世に入り、「豊臣秀吉」から社領をたまわり、徳川幕府にも引き継がれましたが、三つ葉葵徳川家の家紋が、賀茂社の神紋「双葉葵」に由来していることから
「徳川家康」が特に信仰を寄せていたとされます。

明治に入り、近代社格制度(新たに神社を等級化した制度)でも官幣大社かんぺいたいしゃの筆頭とされ、勅祭社(使者の派遣が定例になっている神社)に定められました。

 

〈古典様式を受け継ぐ重要文化財〉

境内は約67万平方メートルの広々とした敷地で、一の鳥居から二の鳥居までは、競馬くらべうまなどの五穀豊穣の神事が行われる開放的な芝生となっています。

その中で、「本殿」と「権殿ごんでん社殿の造営・修復の時、神体を仮に移し安置しておく所)」は、賀茂造りといわれる建築様式の典型として国宝に指定されているものです。

さらに、34棟の建造物が国の重要文化財に指定されています。

主な物を挙げてみますと、まず一の鳥居をくぐると右手に見える外幣殿げへいでんは、現在賀茂祭などに使われていますが、昔は上皇や法皇の行幸ぎょうこう(外出)の際に使われていました。

二の鳥居をくぐると正面に見える「立砂」の向こう側に立つのが細殿ほそどの

そして、鳥居から細殿に向かって右手には、「楽屋」「土屋(到着殿)」があります。

「楽屋」には「本殿」の模型が展示され、普段は見ることのできない国宝の全容を見ることができるそうです。

また、「細殿」と「土屋」の間をまたぐように「舞殿(橋殿)」が建てられていますが、「夏越大祓なごしのおおはらえ」のお祭りでは、こちらから御手洗川に人形が流されます。

このように、古代様式を受け継ぐ建造物が多くあり、「古都京都の文化遺産」の一部として世界遺産にも登録されています。

 

【社務所受付時間】

午前9:00~午後5:00

 

【御朱印】

・御朱印代:¥300
・オリジナル御朱印帳:¥1000

オリジナルの御朱印帳には、双葉葵の社紋と世界文化遺産の文字が入っています。

 

上賀茂神社 御朱印 by.仰木一弘

 

【主な祭礼】

競馬会神事

5月5日

宮中で行われていた競馬会神事くらべうまえしんじが、神社に奉納されて以来続いている勇壮な神事、通称は「賀茂競馬かもくらべうま」。

いわゆる一般公開の競馬、つまりは日本における競馬のルーツということになりますが、その様子が「徒然草」に記されています。

競馬は「きそいうま」「こまくらべ」ともいい、左右に分かれ二頭づつで勝敗を決めるもので、京都市の無形民俗文化財となっています。

ちなみに、「賀茂競馬かもくらべうま」は俳句の季語にもなっています。

 

賀茂祭(葵祭)

毎年5月15日

賀茂御祖かもみおや神社」と合同で開催する「賀茂祭」は、「時代祭」、「祇園祭」とあわせて「京都三大祭り」の一つに数えられています。

国家の安泰や国民の安寧あんねいをお祈りする例祭で、社伝によれば、6世紀に始まったという歴史ある祭り。

 

賀茂別雷大神かもわけいかづちのおおかみ」が降臨する際の「あおいかつらを飾り、祭りをするように」というお告げに基づき、人だけではなく牛馬にまで葵を飾ることから「葵祭」と呼ばれるようになったといわれ、祭儀に関わる全てのものに二葉葵を桂の小枝に飾るというものです。

当日は、平安の王朝絵巻のような500人以上の行列が京都御所を出発し、「賀茂御祖神社」にて祭儀を行った後、当社に到着します。

平安貴族の衣装を身にまとい練り歩く姿は、まるで平安の世にタイムスリップしているような豪華絢爛さがあるそうです。

 

まとめ

京都市北区に鎮座する「賀茂別雷かもわけいかづち神社」、通称「上賀茂神社」は京都最古の歴史をもつ神社とされ、山城国一の宮として古来より崇敬されてきました。

雷の神様「賀茂別雷大神かもわけいかづちのおおかみ」は厄除や方除けのご利益があるとされ、神山こうやま岩上がんじょうなどの存在からも、土地のパワー自体が非常に強力な神社です。

広い境内には神様が降臨された神山を模した「立砂」、縁結びにご利益がある「片山御子神社」、国宝の「本殿」と「権殿」など文化財の宝庫とされています。

ユネスコの世界遺産にも登録された「賀茂別雷かもわけいかづち神社」で浄化のパワーをさずかりながら、多くの見所や建造物を堪能してみてはいかかでしょうか?

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